中谷 宇吉郎 作 日食記読み手:中島 由美(2023年) |
いよいよ世紀の日食が近づいて、この半月ばかりというものは、札幌の街は日食で大分賑かであった。新聞では日米科学戦というような言葉が盛に使われ、街では講演会や放送がたびたび行われた。
この頃急に忙しくなった私は、とても日食どころの騒ぎではなかった。しかし都会に住んでいて、居ながらに皆既食が見られるようなことは滅多に無いし、それに今度の機会を逃がすと、もう一生見られないかもしれないと思うと、何とかしてお天気になってくれればよいと皆で願った。
しかし北海道の二月の朝八時に、日食観測に適する晴天を望むことは、甚だ無理な注文である。果して二、三日前から、弱い不連続線が北海道の西北部にかかって、札幌はかなりたくさんの雪の降る日が続いた・・・