宮沢 賢治 作
読み手:野口 良子(2024年)
「ええ。」
雪と月あかりの中を、汽車はいっしんに走ってゐました。
赤い天鵞絨の頭巾をかぶったちひさな子が、毛布につつまれて窓の下の飴色の壁に上手にたてかけられ、まるで寢床に居るやうに、足をこっちにのばしてすやすやと睡ってゐます。
窓のガラスはすきとほり、外はがらんとして青く明るく見えました。
「まだ八時間あるよ。」
「ええ。」
若いお父さんは、その青白い時計をチョッキのポケットにはさんで靴をかたっと鳴らしました。
若いお母さんはまだこどもを見てゐました。こどもの頬は苹果のやうにかがやき、苹果のにほひは室いっぱいでした・・・
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