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有島 武郎

卑怯者

読み手:岡本 茂(2017年)

卑怯者

著者:有島 武郎 読み手:岡本 茂 時間:19分26秒

 青黄ろく澄み渡った夕空の地平近い所に、一つ浮いた旗雲には、入り日の桃色が静かに照り映えていた。山の手町の秋のはじめ。
 ひた急ぎに急ぐ彼には、往来を飛びまわる子供たちの群れが小うるさかった。夕餉前のわずかな時間を惜しんで、釣瓶落としに暮れてゆく日ざしの下を、彼らはわめきたてる蝙蝠の群れのように、ひらひらと通行人にかけかまいなく飛びちがえていた。まともに突っかかって来る勢いをはずすために、彼は急に歩行をとどめねばならなかったので、幾度も思わず上体を前に泳がせた。子供は、よけてもらったのを感じもしない風で、彼の方には見向きもせず、追って来る子供にばかり気を取られながら、彼の足許から遠ざかって行った。そのことごとく利己的な、自分よがりなわがままな仕打ちが、その時の彼にはことさら憎々しく思えた・・・

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