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夏目 漱石

「永日小品」より「声」

読み手:大嶋 節子(2018年)

「永日小品」より「声」

著者:夏目 漱石 読み手:大嶋 節子 時間:5分51秒

 豊三郎がこの下宿へ越して来てから三日になる。始めの日は、薄暗い夕暮の中に、一生懸命に荷物の片づけやら、書物の整理やらで、忙しい影のごとく動いていた。それから町の湯に入って、帰るや否や寝てしまった。明る日は、学校から戻ると、机の前へ坐って、しばらく書見をして見たが、急に居所が変ったせいか、全く気が乗らない。窓の外でしきりに鋸の音がする。
 豊三郎は坐ったまま手を延して障子を明けた。すると、つい鼻の先で植木屋がせっせと梧桐の枝をおろしている。可なり大きく延びた奴を、惜気もなく股の根から、ごしごし引いては、下へ落して行く内に、切口の白い所が目立つくらい夥しくなった・・・

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