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小酒井 不木

遺伝

読み手:吉江 美也子(2018年)

遺伝

著者:小酒井 不木 読み手:吉江 美也子 時間:14分2秒

 「如何いう動機で私が刑法学者になったかと仰しゃるんですか」と、四十を越したばかりのK博士は言った。「そうですねえ、一口にいうと私のこの傷ですよ」
 K博士は、頸部の正面左側にある二寸ばかりの瘢痕を指した。
「瘰癧でも手術なすった痕ですか」と私は何気なくたずねた。
「いいえ、御恥かしい話ですが……手っ取り早くいうならば、無理心中をしかけられた痕なんです」
 あまりのことに私は暫らく、物も言わずに博士の顔を見つめた。
「なあに、びっくりなさる程のことではないですよ。若い時には種々のことがあるものです。何しろ、好奇心の盛んな時代ですから、時として、その好奇心が禍を齎らします・・・

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