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森 鴎外

舞姫

読み手:藤田 利和(2019年)

舞姫

著者:森 鴎外 読み手:藤田 利和 時間:1時間2分4秒

 石炭をば早や積み果てつ。中等室の卓のほとりはいと静にて、熾熱燈の光の晴れがましきも徒なり。今宵は夜毎にこゝに集ひ来る骨牌仲間も「ホテル」に宿りて、舟に残れるは余一人のみなれば。
 五年前の事なりしが、平生の望足りて、洋行の官命を蒙り、このセイゴンの港まで来(こ)し頃は、目に見るもの、耳に聞くもの、一つとして新ならぬはなく、筆に任せて書き記しつる紀行文日ごとに幾千言をかなしけむ、当時の新聞に載せられて、世の人にもてはやされしかど、今日になりておもへば、穉き思想、身の程知らぬ放言、さらぬも尋常の動植金石、さては風俗などをさへ珍しげにしるしゝを、心ある人はいかにか見けむ・・・

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