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坂口 安吾

天才になりそこなった男の話

読み手:中村 昭代(2020年)

天才になりそこなった男の話

著者:坂口 安吾 読み手:中村 昭代 時間:8分49秒

 東洋大学の学生だったころ、丁度学年試験の最中であったが、校門の前で電車から降りたところを自動車にはねとばされたことがあった。相当に運動神経が発達しているから、二、三間空中に舞いあがり途中一回転のもんどりを打って落下したが、それでも左頭部をコンクリートへ叩きつけた。頭蓋骨に亀裂がはいって爾来二ヶ年水薬を飲みつづけたが、当座は廃人になるんじゃないかと悩みつづけて憂鬱であった。
 こんな話をきくと大概の人が御愁傷様でというような似たりよったりの顔付をするものだが、ところがここにたった一人、私がこの話をしかけると豆鉄砲をくらった鳩のように唖然として(これは喋っている私の方も唖然とした)つづいて羨望のあまり長大息を洩らした男があった。菱山修三という詩人である・・・

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