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横光 利一

春は馬車に乗って

読み手:伊藤 靖(2020年)

春は馬車に乗って

著者:横光 利一 読み手:伊藤 靖 時間:37分36秒

 海浜の松が凩に鳴り始めた。庭の片隅で一叢の小さなダリヤが縮んでいった。
 彼は妻の寝ている寝台の傍から、泉水の中の鈍い亀の姿を眺めていた。亀が泳ぐと、水面から輝り返された明るい水影が、乾いた石の上で揺れていた。
「まアね、あなた、あの松の葉がこの頃それは綺麗に光るのよ」と妻は云った。
「お前は松の木を見ていたんだな」
「ええ」
「俺は亀を見てたんだ」
 二人はまたそのまま黙り出そうとした。
「お前はそこで長い間寝ていて、お前の感想は、たった松の葉が美しく光ると云うことだけなのか」
「ええ、だって、あたし、もう何も考えないことにしているの」
「人間は何も考えないで寝ていられる筈がない」・・・

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