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芥川 龍之介

英雄の器

読み手:水野 久美子(2021年)

英雄の器

著者:芥川 龍之介 読み手:水野 久美子 時間:8分2秒

「何しろ項羽と云う男は、英雄の器じゃないですな。」
 漢の大将呂馬通は、ただでさえ長い顔を、一層長くしながら、疎な髭を撫でて、こう云った。彼の顔のまわりには、十人あまりの顔が、皆まん中に置いた燈火の光をうけて、赤く幕営の夜の中にうき上っている。その顔がまた、どれもいつになく微笑を浮べているのは、西楚の覇王の首をあげた今日の勝戦の喜びが、まだ消えずにいるからであろう。――
「そうかね。」
 鼻の高い、眼光の鋭い顔が一つ、これはやや皮肉な微笑を唇頭に漂わせながら、じっと呂馬通の眉の間を見ながら、こう云った・・・

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