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江戸川 乱歩

接吻

読み手:福井 慎二(2021年)

接吻

著者:江戸川 乱歩 読み手:福井 慎二 時間:28分53秒

   

 近頃は有頂天の山名宗三であった。何とも云えぬ暖かい、柔かい、薔薇色の、そして薫のいい空気が、彼の身辺を包んでいた。それが、お役所のボロ机に向って、コツコツと仕事をしている時にでも、さては、同じ机の上でアルミの弁当箱から四角い飯を食っている時にでも、四時が来るのを遅しと、役所の門を飛び出して、柳の街路樹の下を、木枯の様にテクついている時にでも、いつも彼の身辺にフワフワと漂っているのであった。
 というのは、山名宗三、この一月ばかり前に新妻を迎えたので、しかも、それが彼の恋女房であったので・・・

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