吉井 勇 作 黒足袋読み手:野村 洋二(2012年) |
私の家をたづねてくる客の中の和服の人は、どうも黒足袋をはいたものの方が多い。それといふのが和服の客は、多く東京からやつてくる、落語家、講釈師とい つた種類の人達だからなのである。京都で和服を着てゐるのは、茶道、能楽、骨董などに関係のある人達が多いので、みんな白足袋ばかりはいてゐるが、東京か らやつて来る、それらの市井の芸人達は、まず大抵は黒足袋であつて、それも光沢のある繻子のものは、厭味だと言つて嫌ふのである。
もう五十年来寄席通ひをつづけ、今でも京都では唯一の寄席である新京極の富貴亭の定連株になつてゐる私は、いまだにさういつた芸人付き合ひが止められないので、義理にも黒足袋よりほかはく気にならない・・・