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寺田 寅彦

ラジオ雑感

読み手:二宮 正博(2023年)

ラジオ雑感

著者:寺田 寅彦 読み手:二宮 正博 時間:17分47秒

 宅のラジオ受信機は去年の七月からかれこれ半年ほどの間絶対沈黙の状態に陥ったままで、茶の間の茶箪笥の上に乗っかったきりになっていた。夕飯時に近所の家から「子供の時間」の唱歌などが聞こえて来ても、宅の機械は固く沈黙を守って冷やかにわれわれの食卓を見下ろしているだけであった。それがやっとこの頃になって久し振りのその沈黙を破って再び元気よくわれわれに話しかけることになった。
 事の顛末を記録するためには先ずわが家のラジオの歴史を略記する必要がある。
 東京で一般的放送が開始されて後も、しばらくの間は全く他所事のように何の興味も感じなかったので、自宅へ受信機を備えるどころか、他所のでちょっと聞いてみようという気も起らなかった。もっとも、それよりもよほど前に、どこかの実験室でのデモンストラチオンを一度経験していたから、「初物」に対する好奇心だけは既に満足されていたのである・・・

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