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萩原 朔太郎

夏帽子

読み手:齊藤 雅美(2023年)

夏帽子

著者:萩原 朔太郎 読み手:齊藤 雅美 時間:13分52秒

 青年の時は、だれでもつまらないことに熱情をもつものだ。
 その頃、地方の或る高等学校に居た私は、毎年初夏の季節になると、きまつて一つの熱情にとりつかれた。それは何でもないつまらぬことで、或る私の好きな夏帽子を、被つてみたいといふ願ひである。その好きな帽子といふのはパナマ帽でもなくタスカンでもなく、あの海老茶色のリボンを巻いた、一高の夏帽子だつたのだ。
 どうしてそんなにまで、あの学生帽子が好きだつたのか、自分ながらよく解らない。多分私は、その頃愛読した森鴎外氏の『青年』や、夏目漱石氏の学生小説などから一高の学生たちを聯想し、・・・

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