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森 林太郎

身上話

読み手:山城 美奈(2023年)

身上話

著者:森 林太郎 読み手:山城 美奈 時間:28分31秒

「御勉強。」
 障子の外から、小聲で云ふのである。
「誰だ。音をさせないで梯を登つて、廊下を歩いて來るなんて、怪しい奴だな。」
「わたくし。」
 障子が二三寸開いて、貧血な顏の切目の長い目が覗く。微笑んでゐる口の薄赤い唇の奧から、眞つ白い細く揃つた齒がかがやく。
「なんだ。誰かと思つたら、花か。もう手紙の代筆は眞平だ。」
「あら。いくらの事だつて、毎日手紙を出しはしませんわ。」
「毎日出すとも、一時間に一本づつ出すともするが好い。己はもう書かないと云ふのだ。」
「ひどい事を仰やるのね。たつた一遍しきや書いて下さらない癖に。」
「一遍で澤山だ。」
「そんなにお厭なの。」・・・

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