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菊池 寛

蠣フライ

読み手:成 文佳(2024年)

蠣フライ

著者:菊池 寛 読み手:成 文佳 時間:6分11秒

 汽車が、国府津を出た頃、健作は食堂へは入つて行つた。寝るまでの中途半端の時間なので、客は十四五人もあちらの卓や此方の卓に散在してゐた。大抵は、二三人づれでビールや日本酒を飲んでゐた。健作は、晩飯を喰つてゐないので、ビフテキとチキン・ライスを註文した。
 健作は、チキン・ライスを喰つてしまつてから、ふと気がついたのだが、健作が坐つてゐる席とは一番遠い端に、此方へ背を向けて、坐つてゐる女が、愛子に似てゐることだ。
 肩の容子や、襟筋や着物の好みが、愛子を想ひ起さずにはゐられなかつた。愛子とは、もう五年以上会つてゐなかつたし、彼女が、商科大学出の秀才と結婚したと云ふ以外は、何もきいてゐないのだが、しかし彼女の後姿などはどんな場合にでも、思ひ出せないことはなかつた・・・

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