片山 廣子 作 身についたもの読み手:アン荻野(2024年) |
M夫人は私たち十二三の時からの学校友達で、むかしも今も親しくしてゐるが、彼女は実家も婚家も非常に裕福なので趣味としての諸芸に達して、殊にお茶や歌では趣味以上のくろうとである。その彼女がある時言つた。「私はずゐぶんいろいろなお稽古ごとをやつてみましたけれど、何といつても、十代の時習つたものが一ばん身についてゐますね、それはお琴。家庭の人となつて琴なんぞ弾いてゐる時間もなく、何年となく捨てつぱなしにしてゐても、ちよつとお浚ひをすればすぐ思ひ出して昔の通りに出来ますものね。中年で習つたものは一生けんめい念を入れて今までやり続けてゐても、まだ本当に身についてはゐないやうです……。」・・・