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宮沢 賢治

春と修羅 過去情炎

読み手:なべさん(2025年)

春と修羅 過去情炎

著者:宮沢 賢治 読み手:なべさん 時間:2分25秒

 過去情炎

截られた根から青じろい樹液がにじみ
あたらしい腐植のにほひを嗅ぎながら
きらびやかな雨あがりの中にはたらけば
わたくしは移住の清教徒です
雲はぐらぐらゆれて馳けるし
梨の葉にはいちいち精巧な葉脈があつて
短果枝には雫がレンズになり
そらや木やすべての景象ををさめてゐる
わたくしがここを環に掘つてしまふあひだ
その雫が落ちないことをねがふ
なぜならいまこのちひさなアカシヤをとつたあとで
わたくしは鄭重にかがんでそれに唇をあてる
えりをりのシヤツやぼろぼろの上着をきて
企らむやうに肩をはりながら
そつちをぬすみみてゐれば
ひじやうな悪漢にもみえようが
わたくしはゆるされるとおもふ・・・

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