吉田 甲子太郎 作 秋空晴れて読み手:入江 安希子(2025年) |
一
「まったくでござんす、親方。御覧の通りの痩せっぽちじゃござんすが、これで案外胆っ玉はしっかりしてますんで。今まで乗ってました船でも、こいつぐらい上手にマストへのぼる奴はなかったそうでござんす。まるで猿みたいな奴だなんていわれてたくらいで――高いところの仕事にはもって来いの餓鬼です。どうでしょう、ひとつあっしと一しょにリベット(鋲打)の方へでも、ためしにお使いんなっては頂けねえでしょうか」
ガラガラ、ガラガラとウィンチ(捲揚機)の廻転する音、ガンガンと鉄骨を叩く轟音、タタタタタとリベット(鋲)を打ち込む響、それに負けないように、石山平吉は我にもなく怒鳴るような大声で一息に言い終ると、心配そうな眼をして監督の顔を覗き込んだ。なかなか仕事はないし、出来ることなら自分の手もとで働かせたい――そう思うと平吉は、どうしても一生懸命にならずにいられなかった・・・