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永井 荷風 作
読み手:小林 きく江(2025年)
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凡てのいまはしい物の形をあからさまに照す日の光が、次第に薄らいで、色と響と匂のみ浮立つ黄昏の來るのを待つて、先生は「社會」と云ふ窮屈な室を出で、「科學」と云ふ鐵の門を後にして、決して躓いた事のない極めて規則正しい、寛濶な歩調で、獨り靜に藝術の庭を散歩する。藝術の庭は實に廣く、薄暗く、隅々までは能く見えない。いろ/\な花がさいて居るけれど、まだ誰も見た事のない花が、どれだけ暗い影の中に咲いて居るか分らない・・・