夏目 漱石 作 硝子戸の中 三十六~三十九読み手:上田 あゆみ(2025年) |
三十六
私の長兄はまだ大学とならない前の開成校にいたのだが、肺を患って中途で退学してしまった。私とはだいぶ年歯が違うので、兄弟としての親しみよりも、大人対小供としての関係の方が、深く私の頭に浸み込んでいる。ことに怒られた時はそうした感じが強く私を刺戟したように思う。
兄は色の白い鼻筋の通った美くしい男であった。しかし顔だちから云っても、表情から見ても、どこかに峻しい相を具えていて、むやみに近寄れないと云った風の逼った心持を他に与えた・・・