中島 敦 作
読み手:齊藤 雅美(2025年)
文字の霊などというものが、一体、あるものか、どうか。
アッシリヤ人は無数の精霊を知っている。夜、闇の中を跳梁するリル、その雌のリリツ、疫病をふり撒くナムタル、死者の霊エティンム、誘拐者ラバス等、数知れぬ悪霊共がアッシリヤの空に充ち満ちている。しかし、文字の精霊については、まだ誰も聞いたことがない。
その頃――というのは、アシュル・バニ・アパル大王の治世第二十年目の頃だが――ニネヴェの宮廷に妙な噂があった。毎夜、図書館の闇の中で、ひそひそと怪しい話し声がするという。王兄シャマシュ・シュム・ウキンの謀叛がバビロンの落城でようやく鎮まったばかりのこととて、・・・
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