有島 武郎 作 火事とポチ読み手:宮崎 文子(2018年) |
ポチの鳴き声でぼくは目がさめた。
ねむたくてたまらなかったから、うるさいなとその鳴き声をおこっているまもなく、真赤な火が目に映ったので、おどろいて両方の目をしっかり開いて見たら、戸だなの中じゅうが火になっているので、二度おどろいて飛び起きた。そうしたらぼくのそばに寝ているはずのおばあさまが何か黒い布のようなもので、夢中になって戸だなの火をたたいていた。なんだか知れないけれどもぼくはおばあさまの様子がこっけいにも見え、おそろしくも見えて、思わずその方に駆けよった。そうしたらおばあさまはだまったままでうるさそうにぼくをはらいのけておいてその布のようなものをめったやたらにふり回した。それがぼくの手にさわったらぐしょぐしょにぬれているのが知れた。
「おばあさま、どうしたの?」
と聞いてみた。おばあさまは戸だなの中の火の方ばかり見て答えようともしない。ぼくは火事じゃないかと思った・・・