斎藤 茂吉 作 露伴先生読み手:宮澤 賢吉(2019年) |
昭和九年の冬に、岩波茂雄さんの厚意によつてはじめて露伴先生にお目にかかり、その時は熱海ホテルで数日を楽しく過ごした。
それ以来、月に数回、或は一二回ぐらゐづつお邪魔に参上して先生から教を受け、終戦の年までつづいたのであつた。
教を受けるといつても、こちらの予備が無いと何にもならないのである。実はさういふ日の方が私には多かつた。けれどもお邪魔にあがつて一二時間費し、門を辞する時には、まことに安楽な、何かに充たされたやうな心持になるのが常であつた。
そのころ先生は支那の文字、金石について興味を有たれてゐた・・・