閉じる

閉じる

江戸川 乱歩

お勢登場

読み手:大栗 幸子(2021年)

お勢登場

著者:江戸川 乱歩 読み手:大栗 幸子 時間:41分24秒

   一

 肺病やみの格太郎は、今日も又細君においてけぼりを食って、ぼんやりと留守を守っていなければならなかった。最初の程は、如何なお人好しの彼も、激憤を感じ、それを種に離別を目論んだことさえあったのだけれど、病という弱味が段々彼をあきらめっぽくして了った。先の短い自分の事、可愛い子供のことなど考えると、乱暴な真似はできなかった。その点では、第三者である丈け、弟の格二郎などの方がテキパキした考を持っていた。彼は兄の弱気を歯痒がって、時々意見めいた口を利くこともあった。
「なぜ兄さんは左様なんだろう。僕だったらとっくに離縁にしてるんだがな。あんな人に憐みをかける所があるんだろうか」
 だが、格太郎にとっては、単に憐みという様なことばかりではなかった・・・

Copyright© 一般社団法人 青空朗読. All Rights Reserved.