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ヴァレリイ  坂口 安吾

〔翻訳〕ステファヌ・マラルメ

読み手:北條 泰成(2021年)

〔翻訳〕ステファヌ・マラルメ

著者:ヴァレリイ/坂口 安吾 訳 読み手:北條 泰成 時間:9分25秒

 私がマラルメを足繁く訪れるやうになつた頃、文学は私にとつて殆んど無意味にしか思はれなくなつた頃だつた。読み、書くことは私に重かつた、そしてその倦怠が今に残つてゐることを私は白状しなければならない。しかし文学に対する私の良心、それから、私の存在を明瞭に描き出すことの苦心、それは私から去らなかつた。私は文学に対する苦心のために、文学からはなれた。
 マラルメは、知識深い一芸術家として、又最も高尚な文学的野心を持つ人として私の目に映つてゐた。私はなるべく彼の心に触れるやうにし、たとへ年齢や、才能の上に大きな距りがあるにせよ、やがて何時か、私の煩悶や意見を述べる日の来ることを望んでゐた。彼は決して私を憶病にさせたわけではなかつた。なぜなら、彼は誰よりも優しく、思ひやりが深かつたからであつた。しかし私は当時、こう考へてゐたのだつた。即ち、芸術の製作に精進することと、厳格な思想上の追求にふけることとは対蹠関係におかれてゐると。私の疑問はこの上もなくデリケートなものである。私はそれをマラルメから掴み出すことができるであらうか? 私はマラルメを愛し、彼を全ての人の上に置いてゐた。しかし私は、彼が生涯熱愛し、それに全てを捧げて来たも・・・

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