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芥川 龍之介

かちかち山

読み手:齋藤 こまり(2021年)

かちかち山

著者:芥川 龍之介 読み手:齋藤 こまり 時間:5分53秒

 童話時代のうす明りの中に、一人の老人と一頭の兎とは、舌切雀のかすかな羽音を聞きながら、しづかに老人の妻の死をなげいてゐる。とほくに懶い響を立ててゐるのは、鬼ヶ島へ通ふ夢の海の、永久にくづれる事のない波であらう。
 老人の妻の屍骸を埋めた土の上には、花のない桜の木が、ほそい青銅の枝を、細く空にのばしてゐる。その木の上の空には、あけ方の半透明な光が漂つて、吐息ほどの風さへない。
 やがて、兎は老人をいたわりながら、前足をあげて、海辺につないである二艘の舟を指さした・・・

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