正宗 白鳥 作 月を見ながら読み手:松岡 初子(2022年) |
縁側に蹲んで、庭の樹の葉の隙間から空を仰ぐと、満月に近い月が、涼しさうに青空に浮んでゐる。隣家から聞えて来るラジオは流行唄を唄つてゐる。草叢には虫の音が盛んで、向うの松林には梟が鳴いてゐる。さういふいろ/\な物音を圧し潰さうとするやうに、力強い波濤が程近いところに鳴つてゐる。
「あの月は旧の七月の、本当の盂蘭盆の月だな。」
私はさう思つて、ひとり静かに初秋の夜を楽んでゐたが、いつとなしに、幼い頃の故郷の七夕や盂蘭盆の有様が思ひ出された。この季節は、幼時の追憶のうちでも最も懐しいもので、私の心は深い感化を受けてゐるのである・・・