森 鴎外 作 花子読み手:駒形 ゆう(2022年) |
Auguste Rodin は為事場へ出て来た。
広い間一ぱいに朝日が差し込んでいる。この Hôtel Biron というのは、もと或る富豪の作った、贅沢な建物であるが、ついこの間まで聖心派の尼寺になっていた。Faubourg Saint-Germain の娘子供を集めて Sacr-Coeur の尼達が、この間で讃美歌を歌わせていたのであろう。
巣の内の雛が親鳥の来るのを見つけたように、一列に并んだ娘達が桃色の脣を開いて歌ったことであろう。
その賑やかな声は今は聞えない。
しかしそれと違った賑やかさがこの間を領している。或る別様の生活がこの間を領している。それは声の無い生活である。声は無いが、強烈な、錬稠せられた、顫動している、別様の生活である・・・